風に向かって 壁に向かって

風に向かって書くように。壁に向かって話すように。日記や考え事の中身を書いたり、気に入ったものの紹介をしています。どちらかといえば個人的に。

7月31日のソーダ水

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海がすべてソーダ水になればいい。

空の上で栓の抜ける音がすればいい。

黒々と青い海の水も。

子供の汗ばんだ白いシャツも。

塩辛い空気も。

ガラス瓶の中で全てが混じればいい。

栓抜きのポンって音がする、その時に。

 

 

江の島に行ってきました。タイトルはコマツシンヤの漫画から。

 

8月のソーダ水

8月のソーダ水

 

 

海の日の

海の日のどこを切り取っても夏   (yama)

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山頭火風の俳句にしてみた。

山梨のほったらかし温泉。日の出を見に来たことはあるけど、日中は初めて。

 

もう一句

海の日やええおっさんの赤帽子 yama

 

赤帽子かぶってもいいじゃない。海の日だもの。

写真を撮ろうとしたら、このおじさんが前に出てきた。すごい絵になる瞬間。

 

 

鬼談

「ころされた、ぼくが、むかし」と手を引く子  私じゃないって何度言っても

yama

 

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また短歌。

小野不由美の鬼談百景を読みながら

雨を呼ぶ土

 

『雨を呼ぶ声する土を踏みて行く カバンも傘も靴すら捨てて』yama

 短歌を作ってみた。

夕方、久しぶりに雨を全身に浴びて帰った。

畑近くを通ると周囲一面から土の匂いがした。

 

全身に雨を浴びてみてわかった。

まわりの濃い空気も土も、余熱を捨てきれないアスファルトも、放ってあるバケツもポストも、自分の手足、頭、細胞の一つ一全部が雨を呼んでいる。

 

雨が降るのは、雲があるからじゃない。

 

地にある全てが雨を呼んでいるのだ。

とても大きな声で。

 

Komm,susser Tod

I know, I know I've let you down 

君をがっかりさせてきたんだ

I've been a fool to myself 

僕自身を駄目にし続けることで

I thought that I could Live for no one else 

君のためになら、生きる意味だって信じられた

But now through all the hurt & pain 

でも総てが過ぎ去った今、ようやくわかった。

It's time for me to respect The ones you love Mean more than anything

君が愛する全てに感謝を告げる時が来たってことを

So with sadness in my heart

悲しいけれど

feel the best thing I could do is end it all

僕に出来ることは、さよならを言うことだけだって本当はわかってた

 and leave forever

 君と会うことは、二度とない

what's done is done it feels so bad 

過去は過去としてあり続けるだろう

what once was happy now is sad

かつてあった幸せが僕を突き落とす

I'll never love again 

僕はもう、人を愛さない

My world is ending

これが僕にとっての世界の終わり

 

I wish that I could turn back time

過去に戻れたらどんなにいいか

Cos now the guilt is all mine

この罪は僕の手の中にだけ残ってしまったから

Can't live withoutThe trust from those you love

君にすがることでやっと生きて来られた

I know we can't forget the past

僕達は、過去を忘れないだろう

you can't forget love & pride

君は君自身であり続けるだろう

Because of that, It's kill in me inside

君の愛情、君の強さ、これが僕を殺し続けてきた

 

It all returns to nothing

全てが無に還っていく

t all comes tumbling down,tumbling down, tumbling down

崩れ落ちていく、全て、全て、すべて

It all returns to nothing,

全てが無に還っていく

I just keep letting me down letting me down, letting me down

僕は落ち続ける、落ち続ける、落ち続ける

 

In my heart of hearts

心の奥深くで告げている

I know that I called never love again

僕はもう、愛さないのだと

I've lost everything Everything

全ては崩れ落ちていった

Everything that matters to me, matters in this world

この世界には何も何も何も何も―何もない

 

(繰り返し)

 

It all returns to nothing

全てが無に還っていく

t all comes tumbling down,tumbling down, tumbling down

崩れ落ちていく、全て、全て、すべて

It all returns to nothing,

全てが無に還っていく

I just keep letting me down letting me down, letting me down

僕は落ち続ける、落ち続ける、落ち続ける

 


Come, Sweet Death - Arianne [HQ] - YouTube

 

何年かぶりに昔のエヴァンゲリオンを見たので、

Komm sussser tod=甘き死よ、来たれ、を好きに訳してみた。

(意外だったが)今見ても十分面白い。

神話のようなスケールと、グロテスクな肉と骨の融合が素敵だ。

 

この曲で特に好き部分は

I know we can't forget the past

you can't forget love & pride 

Because of that, It's kill in me inside

のところ。

生きるということ(自分版)

一人ひとりがこれを作ってみたら、とても価値があるんじゃないだろうか?

谷川俊太郎みたいに。

 

『生きる』

生きているということ

今生きているということ

 

それは空気が匂うということ

朝が来るということ

同じ日は来ないということ

この道を歩くということ

 

生きているということ

今生きているということ

それはマウンテンバイク

それはフルーツジュース

それはホワイトシャツ

全ての新しいものに出会うということ

自然をそっと手に取るということ

隠された暗闇をじっと見つめること

 

生きているということ

今生きているということ

それは歩けるということ

叫べるということ

一人立つということ

自由ということ

 

生きているということ

今生きているということ

原子が揺れるということ

笑い声が響くということ

電波が宇宙を渡るということ

だれかが銃を撃つということ

サバンナで象が倒れるということ

老人が咳をするということ

 

生きているということ

今生きているということ

炎がゆれるということ

木立がざわめくということ

人は歩くということ

一つの靴音

いのちということ

留保のあるラブソング

自分の好きな音楽ジャンルの一つを挙げろと言われたら、僕は「留保のあるラブソング」を挙げる。個人的な好みの問題で。

それって何?ときかれると困るのだが。

 

例えば村上春樹のエッセイを読むと、時々「留保のない○○」という表現が出てくる。大抵は留保のない情熱、とか留保の無い愛情、みたいに「無条件で肯定出来るもの」という意味で使われている。

「留保のあるラブソング」はそれとは真逆で、「無条件で肯定できない愛情」の歌のことだと自分は考える。

 

すぐに思いつくのが以下の三つ、

スピッツ「冷たい頬」


スピッツ / 冷たい頬 - YouTube

くるり「ばらの花」

The Beach boys 「God only knows」


The Beach Boys - God Only Knows (Lyrics via ...

 

「あなたのことを深く愛せるかしら」という、まさに愛情の留保から始まる「冷たい頬」。

 

明確な愛情の喪失ではなく、雨降りの情感と気だるげな雰囲気、単純な「好き」では表せない恋人への淡い倦怠感とほのかな恋慕。これをジンジャエール、バス停という小道具で詩的に表現している「ばらの花」

 

「I may not always love you,」と始まる「God only knows」。「君がいなくても人生は確かに続く、でもその世界は僕に何も示さない」。

 

この三つを挙げれば、僕が言わんとしていることは理解されるだろうか?

 

大抵のラブソングは、愛情を肯定的、単純的に捉えている。人を愛することは素晴らしいことで、失恋することは悲しいことなのだ。恋人と恋愛は基本的に肯定されるべきで、自分(もしくは相手)は、もう一方のことを本気で愛しているのだ。

 

これって本当なんだろうか?みんなそんなに自分の愛情に自信をもっているんだろうか?自分が本当に相手を愛しているのか、100%確信できる人間がこの世のどこにいる?相手を純粋に愛せないことの悲しさは、ラブソングに歌われなくていいのか?

 

上に挙げた歌のなかには、この疑念がある。

自分がもっている愛情への疑念、不安、そして近しい人間同士の消せない断絶、断絶を消せないことへの悲しみがある。そのこと自体がこれらの歌をすぐれた「愛についての歌」たらしめている。

 

この音楽を聴く。「自分は誰も愛していない」と唱える。