凡人が生きる。いのちということ。「灰と幻想のグリムガル」の感想。
『灰と幻想のグリムガル』、がアニメ化されるらしい!!
TVアニメ『灰と幻想のグリムガル』PV第1弾 - YouTube(色合いが優しくて好み。サガフロを思い出した。)
第1巻を読んだときからこのシリーズにほれ込んでいる自分としては、声を大にしてオメデトウを言いたい。
(今一番新刊を楽しみにしている連作小説は「灰と幻想のグリムガル」です!とはちょっと周りに言えない31才。だから小声でオメデトウ。)
ちなみにストーリーは、記憶を失った状態で中世ファンタジーの世界に飛ばされた主人公達が、モンスターを倒して生計を立てる「義勇兵」として生きていく、という胸焼けがする感じ。
敢えて言うなら主人公たちが凡人ばかり、というのが特徴。(可愛い女の子がやたら出るのは気にしないこと。)
しかも仲間が微妙に仲良くない。
1巻では特に派手な活躍も無い。
ドラクエ、FFで言うなら、スライム、ゴブリンを倒して小銭稼ぎをする程度の内容。
ダイジェスト的には
「ぶちスライムレベルの敵8匹に仲間総がかりで向かって、HP尽きるぎりぎりのところで何とか倒せました。10ゴールド手に入りました。ヤッター!!」って感じ。
これは面白いのか?
断言できる。超面白い。
なんせ、こんなにシビアな戦いを書いているものを見たことがないってくらい、ハラハラする。
絶望的な敵と戦う漫画、ゲーム、小説はいくらでもある。でも、この作者ほど、
「頭に一撃食らったら、死ぬ」感じを上手く出している人はいないと思う。
常識的に考えれば、例え相手がゴブリンだろうと頭を鈍器で殴られれば死ぬ。
人間大の生き物と一対一で殺しあえば、自分だって死ぬ。
さらにどんな弱い生き物でも生き死にがかかれば、総てをかけて向かってくる。
「簡単に殺せるモンスター」なんて、いる方がおかしいんだ。
だから一巻で自分が好きな場面の一つは、主人公達が初めてもモンスターを殺すシーンだ。
小さなモンスタ一1匹が相手なのに、雄たけびをあげる必死の抵抗や、命が尽きるときの取り返しのつかなさ、血なまぐささを描写する腕が凄い。
作中の戦い総てが、「剣を振れば相手が一方的に死ぬ」のではなく、自分も相手も泥の中を這いずりまわって、相手にしがみついて、何度も何度も武器を振るって、ようやく相手を倒せるって感じ。
しかもそんな死闘を制しても生活費すら稼げない。シビアなのは戦いだけじゃない。
確かに「ドラクエ、FFで言うなら、スライム、ゴブリンを倒して小銭稼ぎをする程度の内容」なんだが、日用のための小銭稼ぎをするのが、どれだけ大変なことか。(現実世界の事を考えればわかる。)
才能も、特別な訓練が出来る環境も、社会的な地位も何も無い、仲間同士の信頼や絆さえ十分に作れない主人公達が、取り返しのつかない失敗をしながら、必死に手を伸ばしてみんなで一緒に小さなものを掴み取る、この切実な姿にグッとくるんだ。
ライトノベルと馬鹿にするなかれ。この主人公達は最高だ。
他のファンタジーには無いテーマ、作風だけにこの物語がもっと知られて欲しい。
灰と幻想のグリムガル、滅茶苦茶期待している。
灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)
- 作者: 十文字青,白井鋭利
- 出版社/メーカー: オーバーラップ
- 発売日: 2013/06/22
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (9件) を見る
豪遊する
仕事が無い日は行くとこなーい、って歌いたくなる感じの一日だったので、偶には豪遊してみた。
まずは、メイン目的の秋シャツ探し・・・は百貨店やら色々探すも全く気にいらず。代償行為として、一目見て気になった南米風のポンチョを購入。
これ、いつ着るんだろう・・・という疑問。まぁ、取り敢えずキャンプの時にでも着て気分を出すことにする。あと、家から徒歩10分以内ならいけるでしょ。
次はレコード屋だ!ということで池袋のタワレコへ。
いきなり柴田聡子の新譜を見つける。
自分の大学の地味系音楽サークルにいてもおかしくない佇まい。
試聴した曲は、前作よりも元気良く歌っている印象。音楽批評で『脱「味系」』と煽られていたのは、上手い表現だと思う。
どこかで平賀さち枝のことを「平熱の感性」と評していたけれど、この人も結構平熱だと思う。しかも、人よりやや低い平熱。
前作は好きな曲も多いけど、起伏が少ない+長いので、正直に言って全曲聴きとおすのはつらかった。今回はいけそう。
さらにダイアナ・パントンの新譜を発見したので購入。
この人のCDは聴きやすくて好き。安心感がある。
アイ・ビリーヴ・イン・リトル・シングス ~わたしの小さな願い
- アーティスト: ダイアナ・パントン
- 出版社/メーカー: MUZAK, INC.
- 発売日: 2015/09/18
- メディア: CD
- この商品を含むブログを見る
お腹が減ったので、蕎麦屋に入る。池袋駅近くの地下に構えているお店。
ほんのり暗くて、JAZZがかかっていた。
なんか、なんでもJAZZかけとけばお洒落、みたいな風潮ないか・・・?イタリア料理屋さんとかもそうだけど。
メニュー表をみたら「ばくらい」があったので注文。ナマコとホヤで作った塩辛的なもの。仙台のスーパーで初めてホヤを見たときの衝撃を思い出した。
「何これ・・・?東南アジアの果物?」みたいな。
次は本屋。ジュンク堂へ。
前々から買いたいけれど高くて手が出せなかったものを買う。
「暴力の人類史」と 「千の顔を持つ英雄」
「暴力は時代を経るごとに減少してきた」という、ホントかいな?と聞き返したくなる話を扱った本。
分厚い。とにかく分厚い。統計データが多い。
一次、二次大戦時は中世よりも戦争による死亡率が低く、国家出現以前の未開、原始社会は戦争による死亡率が滅茶苦茶高い、らしい。
上巻を読んで、少年犯罪も凶悪犯罪も統計上どんどん減少しているのに、マスコミのニュースのせいで統計と実感が恐ろしく乖離している、という現象を思い出した。
さもありなん。
- 作者: ジョゼフキャンベル,Joseph Campbell,平田武靖,竹内洋一郎,浅輪幸夫,伊藤治雄,春日恒男,高橋進
- 出版社/メーカー: 人文書院
- 発売日: 2004/03
- メディア: 単行本
- 購入: 10人 クリック: 228回
- この商品を含むブログ (28件) を見る
古今の英雄物語のパターンを分析した比較神話学の本。 この人の「神話の力」が面白かったので購入。
まじめな本を探すのに疲れたので、料理本コーナーへ。
先日初めて作ったシンガポールライスが美味しかったので、調子に乗ってタイ、ベトナム料理の本を探す・・・・も結論は「この程度なら、インターネットで代用できそうだなぁ」だった。クックパッドとか、全体のノリがあまり好きでないのだけれど。
ベトナム料理の棚の横に「パイナップルの歴史」という本が置いてあったので、熟読する。コロンブスが持ち帰ってきたのかー。
「宝石のような果肉と芳しい匂いで国王を魅了した」、「模様が数学のフィボナッチ数列に従う神秘性」とかどうも当時一大ブームを引き起こしたらしい。
パイナップルの黄金時代。
みんな、酸っぱい、とか、口がヒリヒリする、とかは気にならなかったんだろうか。
自分はパイナップルが好きではない。
本屋にいったあとは、デパートの地下街で菓子を物色した。
良く分からなかったので、取り敢えず人が並んでいた和菓子屋に並ぶ。
紫蘇入りおはぎと豆大福+最中。
電車の中で最中を頂く。豪遊した一日だった。
秋の虫、美しい孤独、美しい惨めさ
今日、初めて家で虫の声を聴いた。
もしかしたら今日以前から鳴いていたのを気づかなかっただけかも知れないけれど。
思い出したのが、
しのびやかに遊女が飼へるすず虫を殺してひとりかへる朝明け 若山牧水
の歌。
惨めな遊女のちっぽけな鈴虫を殺す、惨めな俺、という歌。
そして惨めな者同士が、お互い寄り添うことが出来ない惨めさの歌。
この歌がとても好きなのは、この二人の孤独、惨めさが美しいからだと思う。
すこし冷たい朝の空気、あらゆる体温とあらゆる音を拒んだ静謐な孤独がここにある。
素養と教育の不足のせいか「大御所」の短歌を退屈に感じてしまうことが多い。
でもこの歌を見て、やるじゃん牧水、と素直に思った。
9月11日のこと 9.11
2001年9月11日、同時テロの日の僕は、実力試験を翌日に控えた高校生だった。
塾から帰ってきたら父が食いつくようにテレビを見ていて、高層ビルに飛行機が突っ込んだことを教えてくれた。
そのとき感じた印象は、一生忘れないだろう。
テレビを見た時、ビルが崩れたとき、誰かが悲鳴をあげた時、僕が感じていたのは、とてつもなくワクワクする気持ちだった。
「思ったとおりだ!」
「やっぱりみんな嘘だったんだ!」
叫びだしたいような気持ちだった。
正直に言って、被害者のことなんか考えていなかったと思う。ひどい人間だと言われれば、そのとおり。弁解はする気も無い。
当時の自分には、どうしても被害者のアメリカ人の皆さんに共感することは出来なかった。
すこしズレた話をするようだが、当時の自分はやはり人並みに世界の色々な理不尽に疑問を持っていたんだと思う。
自分と同じ年で戦争に行く人がいるし、自分より小さい人が飢え死にしているのに、
自分はヘラヘラ学校通って、部活やって、トーダイ目指して勉強して、テストの点数に一喜一憂して。
何がなんだか分からなかった。
例えば、教科書に冷凍エビ工場で指を切断した児童労働者の話が出てきたり。
その日の給食がエビピラフだったのに、先生はそれについて何も言わなかったり。
旅行で行ったインドネシアの絨毯工場の作業員が、自分より遥かに年下だったり。
自分の見ているものが、本物じゃないような、曇りガラス越しに総てを眺めさせられているような感覚。
自分やみんなが何かを踏みつけているのに、足元が見えない。
「生きている」の裏側に「死んでいる」が張り付いている筈なのに、見ようとすると邪魔されてしまう。
僕の中にも、友達の中にも、彼女の中にも、「サカキバラ事件」の犯人と同じような邪悪さがあるのに、僕は彼ら、彼女らと机を並べてお喋りをする。
「平穏」の曇りガラスの板一枚下には地獄が凝っているのに、みんなそれが見えないふりをしている。
あの飛行機がビルに突っ込んだ日、一瞬だけ曇りガラスが割れて、その向こうが見えた気がした。
悲惨な不幸も、興奮も、悪そのものも、そして死も、自分の生きる世界のすぐそばにあった。
「思ったとおりだ!」
「やっぱりみんな嘘だったんだ!」
大人になった今、曇りガラスの向こうにあるのは、鮮烈な地獄ではないことを知った。
総ては色褪せた日常の一部として流れる。
今日もご飯を作る。
知り合いの子の笑い声にほっとする。
テロ事件の被害者のことを考えて、悲しくなる。
目を覆うような不幸もある。けれど幸福も不幸も、大体において中途半端なもの。
たまに思う。
自分は曇りガラスの先に来られたんだろうか。
それともその「先」の存在を感じられなくなってしまっただけなんだろうか。
そうだとしたら、きっと自分は平穏に生きていけるだろう。
僕は生きている。ぼやけた不幸と幸福を繰り返しながら。
僕たちは、なぜ豊かに暮らしているのか
会社の会談の踊り場で製造の親方と話した。「はやくイイ物を開発して、地元の工場を盛り上げてくれな。」。
日本拠点の工場には仕事がなく、人余りだと聞く。
ウチの部署には二つの流れの製品がある。
一つは日本の工場が作った日本向け製品。
一つはアジア拠点で現地従業員が作成した海外向け製品。
僕がテストしたところ、この二つには何の性能差も見られなかった。総ての製品で。
海外拠点の労務費なんて、日本の数分の一に過ぎない。
僕らはなぜ他の国の人より豊かに暮らしているんだろう?
僕らは何を持って自分の豊かさを正当化しているんだろう?
職業に貴賎なし、とはよく言うけれど。
発展途上国の人間と同レベルの仕事をしている人が、先進国に生まれたってだけで豊かに暮らすのは、恥ずべきことなんじゃないか。
中国人の給料が上がり、日本人の給料が下がる。
グローバル化が進む限り、流れは止まらない。
先進国:10の貧しさ、発展途上国:90の貧しさ だったのが
先進国:20の貧しさ、発展途上国:65の貧しさ、になるだけ。
日本人の多くは認めないだろうけれど、世界はより平等に、幸福になりつつある。
不幸になるのは、いままで理由も無く豊かだった人だけ。
工場のだけじゃない。将来は僕らみたいな研究開発だって現地化するだろう。
製造業だけじゃない。医療、インフラ、農業、サービス、ありとあらゆる分野が、別に日本人でなくとも良くなるんじゃ無いだろうか。(取って代わるのがロボットやITかもしれないが。)
「お前らはどういう理由があって、そんなに豊かに暮らしているんだ?」
我々全員が、そう問われている。
伸びすぎた爪を見ている
友人から「体の一部を使った短歌を作れ」と言われる。
・伸びすぎた爪を見ているまた明日も言われぬであろう さよなら
上手くまとまったけど、まとまりが良すぎてイマイチ。あと女性的にすぎるか?
短歌とか久しぶりに作った。
もう一個。
欝病で服薬している妻を「死にたいでなく生きたいと云え」とか言いながら殴る、社会的底辺の夫、みたいな歌が作りたいけどまとまらない。
イメージは金子みすずの夫をもっと粗暴、野卑にした感じなんだが。
自分はどうしてポジティブな短歌が作れないんだろう、と思いながら今日も生きる。
今日のwhyなぜ
今日のwhyなぜ
Q:「どうして巨大イカは存在するのに巨大タコは存在しないの?」
ダイオウイカとかいるのにさぁ・・・。
Yama's answer(仮説):
A:「イカは外洋、深海型、タコは近海、浅瀬型が多いから。」
イカって水中をスイスイ泳いでますけど、タコって基本待ち伏せ戦法ですよね。
するとタコ的には獲物が自分の上を通り掛かる機会の多い浅瀬に住むほうが有利なはず。
浅瀬で巨大化してもしゃーない。
かさばる上、他の生き物に見つかって食べられやすくなりそうだし。
その点、イカは外洋にもひょいひょい出てくし、生き物が巨大化しやすい深海にも住んでますしね。
(自分のなかで) 答えが出た。
あーすっきりした。
next question→「なんで深海では生物が巨大化しやすいの?」
ダイオウグソクムシとかさ・・・。
食べ物ないんだし、小さいほうが良くないか?
耐水圧、保温性が高い?生殖相手と出会うのに必要な寿命が長い???